用意周到の意味・使い方 と用意周到になる心理

「用意周到」という言葉は、普段使う言葉ではありますが、使い方や意味を聞かれるとよくわからない言葉でもあります。人のことを褒めるときに「用意周到」という言葉を使いますが、自分に対しては余り使うことはありません。

また、用意周到の「周到」も、ここだけ抽出するとどんな意味なのか、よく分かりません。

 

今回はそんな身近なようで身近でない「用意周到」という言葉についてご紹介します。え?難しそう?大丈夫です。後半では用意周到のわかりやすい用例をツイッターから引用して、現代を生きる私達にもわかりやすく説明しています。

これを読み終わる頃には、あなたもきっと用意周到ついて誰にも負けない知識を手に入れいることでしょう。

用意周到の意味

まずは用意周到の意味からみていきましょう。用意周到とは簡単に言うと

「用意が完璧な状態」のこと、つまり、どんなことが起こったとしてもそれに対して十分な用意ができている状態であるといえます。

 

つまり、「用意周到だな」と言われたら「用意が完璧だな」と褒められたということです。

基本的に、この「用意周到」という言葉は誰かを褒めるときにしか使いません。

実際にどんなふうに使われているの?

では、実際に「用意周到」が使われているツイートをみてみましょう。

このように、用意周到=「完璧に用意」と読み替えられます。

 

ところで、「周到」ってなに?

「周到」というのが「すみからすみまで注意が行き届いて、見落としが無いこと」をいいます。

わかりやすく言うと「完璧」ということでいいと思います。ニュアンスとしては、「完璧」よりも、少し賢いような小賢しいようなイメージがあります。実は、「周到」単独でもごくごくまれに、使われる時もあります。

このように「周到な準備」「周到に計画」などの使われ方をしますね。

少し変わった使われ方としてはこのようなものもあります。

意味としては、どちらも「完璧」ということで伝わります。

 

用意周到の心理

では、用意周到な時、人はどのような心理状態にあるのでしょうか。ここからは用意周到な時に見られるの6つの心理についてみていきましょう。

臆病の裏返し

ある人が用意周到な時にみられる最も大きな心理はこの臆病さであるといえるでしょう。臆病は決して悪いことではありません。「何が起こるかわからない」という未来に対する不安が臆病な心の正体ではありますが、この臆病な気持ちがあるからこそ、人は未来に対して様々な備えをするのです。

 

あらゆるケースを考え、それに対して不安が和らぐように、準備をすることが外側から見て「用意周到である」という評価につながるのです。当人にとっては、「用意周到にしてやろう」という意図はほとんどありません。

 

不安な未来を取り除くための活動、その結果が用意周到に見えているだけなのです。

本気で取り組みたいという覚悟

こちらは、臆病な心理ともつながりますが、より積極的な心理であるといえます。何があっても、この目標を達成したいという強い思いを持っているため、あらゆる未来の障害をシミュレーションし、その未来に対して、対策をうちます。

 

例えば、経営者が作成する事業計画書などはあらゆるケースをシミュレーションして作られるべきものです。これは、その事業に本気で取り組みたいという思いがあればあるほど、用意周到になります。

 

本気で取り組みたいという心理をもとに用意周到になるためには、自分ひとりで考えずに、いろいろな人と相談をしたほうが良いでしょう。その結果、その用意をするためのコストと用意をした時の効能・効果などを考えながら、万全の準備をしたいものです。

 

経験による用意周到さ

経験は、何にも勝るものです。他の人からは用意周到であると見えていても、その人にとっては用意周到でも何でもない事があります。経験による用意周到はまさにこの例です。人は経験を積めば積むほど様々なことに効率的に対処ができるようになるものです。

 

この経験に基づく用意周到さは、そのまま「学び」であるとも表現できるでしょう。例えば、社会人になれば、大切な資料の予備を用意しておくことが大切なことは解るでしょう。取引先に行く時には新品のクリアファイルを1~2つ用意しておくことなどで、相手先に与える印象が全く変わってきます。

 

このように、経験を積めば、人は自然と用意周到になっていくものです。しかし、年を取りすぎ、経験を積み上げた先には「何事も流れに任せるものであり、用意などあってもなくても、結果に大差はないものだ・・・。」という仙人のような発想に辿り着くようです。

手間を惜しまない誠実さ

用意周到であるためには、手間・ヒマ・コストがかかります。「雨が降ったの時のために、折り畳み傘を持っていこう」「おなかが減った時のためにお菓子を忍ばせておこう。」「もしもの時のために保険に入っておこう」これらの用意には全て手間・ヒマ・コストがかかっています。

 

しかも、御存知の通り、これらの用意のほとんどは使われること無く終わってしまいます。しかし、用意周到な人はそれでも用意をします。なぜなら、何かがあっては困るから。

 

用意周到な人とは、つまり、それだけ誠実な人であるとも言えるでしょう。もし恋人が最高に用意周到なデートを用意してくれていたとしたら、それは最高に誠実な気持ちの表現だと捉えてあげてください。

誇大妄想の結果

一方で、用意周到のネガティブな面としては「誇大妄想」ということも考えられます。日常生活では考えられないような出来事を誇大妄想して、その出来事に対して用意をしておく。これは、「周到」に用意をするという点ではそのとおりなのですが、少々行き過ぎです。

 

ごくまれに、この誇大妄想が実現することがあるのですが、このような人はまるでマンガのキャラクターのように「こんな事もあろうかと!」と用意しておいたものをお披露目します。ここまでやってくれる人が身近にいると心強いではありますね。

 

しかし、この誇大妄想が良からぬ方向に走り、私たちに向けられると大変です。そのようなことがないように、誇大妄想からくる用意周到さを感じ取った時には、その人とは距離をおいたほうが良いでしょう。

計算高さ

用意周到であるためには、もちろん計算高さを備えている必要があります。将来のことに思いを馳せたとしても、全ての予想に万全に用意をすることはできません。すべてのことに万全の用意をしようとすると、莫大なコストが掛かってしましいます。

 

用意周到であるためには、予想外の事が起きる確率、起きた時の影響、それに対処するための手間・ヒマ・コスト。それらを総合的に判断して用意ができるだけの頭の良さ、つまり、計算高さが必要なのです。

 

私達が用意周到な人を見た時に「頭のいい人だな」と思うのは、こういうところから来ているのです。

 

用意周到から見えてくる現実

いかがでしたでしょうか。これまでみてきたように、一言で「用意周到」と言っても、その裏側には、沢山に心理が隠れています。

 

今度用意周到な人にあったら、ここに書かれていたことを思い出してみてください。そして、周到な用意をしてくれたその人に対して最大限の賛辞を送ってください。